嘉村 礒多

滑川畔にて

北鎌倉で下車して、時計を見ると十時であつた。驛前の賣店で簡單な鎌倉江の島の巡覽案内を買ひ、私とユキとは地圖の上に額と額とを突き合せて、圓覺寺の所在をさがしても分らなかつた。

「圓覺寺といふのは、どちらでございませうか?」

ユキが走つて行つて、そこの離々と茂つた草原の中の普請場で鉋をかけてゐる大工さんに訊いて見てから、二人は直ぐ傍の線路を横切り、老杉の間の古い石磴を上つて行つた。

……夏とは言へ、私には、雜誌に携はる身の何彼と多忙で、寸暇もない有樣だつた。私どもの住んでゐる矢來の家の周圍は、有閑階級の人達ばかりで、夏場はみな海や山に暑さを避けて、私ども夫婦は、さながら野中の一軒屋に佗び住むやうな思ひであつた。夕食が濟むと、私は六疊に仰向けになつて團扇を使ふ。暗い電燈、貧弱な机、本箱一つ、雨の夜の淋しさ――大體そんな風の感じである。

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