薄田 泣菫
茶話
鶏小舎4・15東京日日(夕)
大阪のある大きな会社で、重役の一人が労働問題の参考資料にと思つて、その会社の使用人に言ひつけて、めい/\の家の生活向きを正直に書き出させたことがあつた。いゝ機会だ、ことによると、これが増給のきつかけとなるかもしれないと、職工達はてんでに自分の生活向きを正直に書き出した。正直にうちあければ、うちあけるほど惨めなのは彼れ等の生活だつた。
好奇心と満足と不安とのごつちやになつた気持ちで、職工達の報告書を調べてゐた重役は、その一つに家賃の項目が書加へてないものを発見した。その職工はすぐに重役室に呼び出された。
「なぜ、家賃の項目を書き落としたんだ。すぐ書き加へてもらひたい。」