薄田 泣菫
茶話
主人の頭を打つ女
むかしは男は月代といふものを剃つたものだが、それは髭を剃る以上に面倒くさいものであつた。伊勢の桑名に松平定綱といふ殿様があつた。気むづかしやで、思ふ存分我儘を振舞つたものだが、とりわけ月代を剃るのが嫌ひであつた。
「我君、だいぶお頭が伸びましたやうでございますが……」
家来がかう言つてそれとなく催促しても、殿様は余程気軽な時でないと、滅多に月代を剃らうとは言ひ出さなかつた。やつと口説き落して、家来が剃刀を持つて後に立つと、気むづかしやの殿様は螻蛄のやうに頭を振つてどうしても剃らさうとしなかつた。