高村 光雲
幕末維新懐古談
ちょうどこの彫工会発会当時前後は私は西町にいました。
その節、彼の三河屋の老人と心やすくなって三河屋の仕事をしたことは前に話しましたが、その関係上、少しでも三河屋の方に近くなる方が都合がよかったので、老人の勧めもあって、仲御徒町一丁目三十七番地へ転宅しました。西町の宅よりも四丁ほど近くなったわけでした。
さて、彫工会の発会等もすべて落着し私はこれから大いにやろうと意気組んでいた矢先、大病に罹りました。
掛かった医師は友人の漢法医で、合田義和という人であった。この人は漢法ではあるが、なかなかの名医でありました。