佐藤 垢石

母の匂い

母はいつも、釣りから戻ってきた父をやさしくいたわった。子供心に、私はそれが何より嬉しかった。

やはり、五月はじめのある朝、父と二人で、村の河原の雷電神社下の釣り場へ若鮎釣りを志して行った。父と私が釣り場へ行く時には、いつも養蚕に使う桑籠用の大笊を携えるのであった。あまり数多くの若鮎が釣れるので、小さな魚籠ではすぐ一杯になってしまい、物の役にたたなかったのである。

釣り場へ着くと大笊を、二人の間の浅い瀬脇へ浸けてから、鈎をおろすのを慣わしとした。道糸を流して流れの七分三分のところまで行くと、目印につけた水鳥の白羽がツイと揺れる。若鮎が、毛鈎をくわえたのだ。軽く鈎合わせをする。掛かった鮎を、そのまま大笊の上へ持ってきて振り落とす。

こうして、二時間もすると、大笊のなかは若鮎の背の色で、真っ黒になるのを常としたのであった。

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