岸田 国士

風俗時評

一 医院

医師  どうも不思議だねえ。どこも、なんともないが、それでも痛むかね?患者  痛むかはひどいですよ、先生、このしかめつ面がわかりませんか!医師  もともとさういふ顔かと思つとつたよ。どれ、もう一度見せなさい。こゝだね、押へてちや駄目だ、手をどけなくつちや……。これで痛むかね? 痛む? どういふ風に痛むね?患者  いやだなあ、口で言へるやうなもんぢやありませんよ。なにしろ、なにがぶつかつたんだかわからないんですからね。外からか内からかもわからないですからね。医師  さうか。突然、急に痛み出したんだね。別に、誰もそばにやゐなかつたかね? 抓られでもしたんぢやないか?患者  先生、戯談はよして下さい。抓る相手がゐれや、それくらゐわかりますよ。それに、指なんていふ生やさしい感じぢやありませんからね。かう、刃物でゑぐられるやうな、錐を突き刺されるやうな、かうなんとも云へない……。医師  刃物も錐も使つた形跡はない。してみると、神経的なもんだ。患者  神経だと、どういふことになるんですい? お宅の専門ぢやないんですか?医師  いや、専門でないといふわけぢやないが、厄介だね。電気でもかけてみるか。患者  心細い云ひ方をしないで下さいよ。電気にでもなんでもかゝりますよ、毒でさへなけや……。あ、痛た、た、あん時の事を思ひ出したゞけで、これですからね、その当座と来たら、眼がくらんで道ばたへ坐つちまひましたよ。医師  道を歩いてたのかね。患者  さつき、さう云つたでせう、お祭りの寄附を集めて廻つてたつて……。医師  それや聞いたが、もう少し詳しく云つて見給へ。町内を一軒々々廻つて歩いたわけ

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