ドストエフスキー フィヨードル・ミハイロヴィチ
永遠の夫
一 ヴェリチャーニノフ
夏が來たというのに、ヴェリチャーニノフは案に相違して、ペテルブルグに踏みとどまることになった。南ロシヤの旅行もおじゃんになったばかりか、事件はいつ片づくとも見えない始末だった。事件というのは領地に關する訴訟だったが、風向きはすこぶる思わしくなかった。つい三月ほど前までは、とても單純で、ほとんど議論の餘地もないものに見えていたのだったが、どうかした拍子にがらりと雲行きが變ってしまったのである。
『おまけにどうも、何もかも惡いほうへ變りだしやがって!』
とそんな文句を、ヴェリチャーニノフはさも忌々しそうに、よく獨り言にくり返すようになった。彼は腕利きの、報酬の高い、有名な辯護士をやとって、費用の點は少しも惜しまなかった。それでも、やはりもどかしく、信用の置けない氣持がして、自分までが事件に首をつっこむようになった。つまり書類を讀む、自分でも書く、そして大抵は辯護士の手で屑籠へ捨てられる。また裁判所から裁判所へ駈けずり※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)ってみたり、調査をしてみたりするのだったが、おそらくこれが、よほど事件の運びの邪魔になったのである。少なくも辯護士は苦情を鳴らして、彼を別莊へ敬遠しようとした。ところが彼のほうでは、別莊へ行くだけの決心さえつき兼ねたのである。ほこりっぽさ、蒸暑さ、神經をいらだたせるあのペテルブルグの白夜、――そうしたものを、彼はペテルブルグで滿喫していたわけなのだ。彼のアパートは大劇場の近所にあって、ついこのあいだ借りたばかりだったが、これも同じく失敗だった。まったく彼の言い草じゃないが、『何もかも巧く行かん!』なのである