北条 民雄
続癩院記録
十個の重病室があり、各室五名づつの附添夫が重病人の世話をしてゐることはさきに記したが、これらの附添夫も勿論病人であり、何時どのやうな病勢の変化があるか解らない。そこでこれらの附添夫――附添本官と呼ぶ――が神経痛をおこしたり肋膜炎にやられたりすると、健康舎から臨時附添に出なければならない。これは二三ある義務作業のうちの一つであるが、この場合も作業賃は十銭が支給される。隔離病室、男女不自由舎等これと同一で、これらの臨時附添はイロハ順に廻つて来るので一ヶ年一回は誰でも番があたる。勿論体に故障の生じてゐる場合や、その他のつぴきならぬ事情のある場合はその限りでないが、さうでない限り誰でも自分の仕事を捨てて出なければならない。臨時附添は十五日を限度とし、本人の希望でない限りそれ以上続ける必要はない。
五人の付添夫は順番に当直を務め、非番のものは配給所へ飯その他を取りに出かけたり、病人――附添夫たちはベッドに就いてゐる人々を病人と呼んでゐる――の頼みによつて売店へ買物に出かけたり、色んなこまごました仕事を各自担当してゐる。なほ、当直には一名の助手がつき、これを「助」と呼んでゐる。当直者はその翌日一日休みになつてゐて、昼寝をしようが他の舎へ遊びに行かうが自由である。
私はここへ来てから附添夫になつたのはまだ三回臨時に出かけただけであるが、その時の日記を少し抄出してみよう。
一九三四年九月三日。