岡本 かの子

健康三題

はつ湯

男の方は、今いう必要も無いから別問題として、一体私は女に好かれる素質を持って居た。

それも妙な意味の好かれ方でなく、ただ何となく好感が持てるという極めてあっさりしたものらしかった。だから、離れ座敷の娘が私に親しみ度い素振りを見せるに気が付いても一向珍らしいことには思わなかった。仕事でも片付いたらゆっくり口が利ける緒口でもつけてやろう。単純にそのくらいの察しを持合せていた。

女中の言うところに依ると、その娘は富裕な両親に連れられて年中温泉めぐりをして居る所謂温泉場人種の一人だった。両親が年老いてから生れた一人娘なので大事にし過ぎるせいもあり大柄の身体の割合いに生気が無く、夢見るような大きな瞳に濃い睫毛が重そうにかぶさっている。私は暮の二十五日に此の宿へ仕事をしに来て湯に入る暇も無く強引にペンを走らせている。障子の開け閉てにその娘が欄干に凭れて中庭越しにこっちの部屋を伏目で眺めて居る姿が無意識の眼に映るけれども、私はそれどころでなく書きに書いて心積りした通り首尾よく大晦日の除夜の鐘の鳴り止まぬうちに書き上げた。さて楽しみにした初湯にと手拭を下げて浴室へ下りて行った。

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