石川 啄木
鳥影
(一)の一
小川静子は、兄の信吾が帰省するといふので、二人の小妹と下男の松蔵を伴れて、好摩の停車場まで迎ひに出た。もと/\、鋤一つ入れたことのない荒蕪地の中に建てられた、小さい三等駅だから、乗降の客と言つても日に二十人が関の山、それも大抵は近村の百姓や小商人許りなのだが、今日は姉妹の姿が人の目を牽いて、夏草の香に埋もれた駅内に、常になく艶いてゐる。
小川家といへば、郡でも相応な資産家として、また、当主の信之が郡会議員になつてゐる所から、主なる有志家の一人として名が通つてゐる。信吾は其家の総領で、今年大学の英文科を三年に進んだ。何と思つたか知らぬが、この暑中休暇は東京で暮す積だと言つて来たのを、故家では、村で唯一人の大学生なる吾子の夏毎の帰省を、何よりの誇見にて楽みにもしてゐる、世間不知の母が躍起になつて、自分の病気や静子の縁談を理由に、手酷く反対した。それで信吾は、格別の用があつたでもないのか、案外穏しく帰ることになつたのだ。
午前十一時何分かに着く筈の下り列車が、定刻を三十分も過ぎてるのに、未だ着かない。姉妹を初め、三四人の乗客が皆もうプラツトフオームに出てゐて、※(「二点しんにょう+向」、第3水準1-92-55)か南の方の森の上に煙の見えるのを、今か今かと待つてゐる。二人の小妹は、裾短かな海老茶の袴、下髪に同じ朱鷺色のリボンを結んで、訳もない事に笑ひ興じて、追ひつ追はれつする。それを羨まし気に見ながら、同年輩の、見悄らしい装をした、洗晒しの白手拭を冠つた小娘が、大時計の下に腰掛けてゐる、目のシヨボ/\した婆様の膝に凭れてゐた。