石川 啄木

鳥影

其一

一

小川靜子は、兄の信吾が歸省するというふので、二人の妹と下男の松藏を伴れて、好摩の停車場まで迎ひに出た。もと/\鋤一つ入れたことのない荒蕪地の中に建てられた小さい三等驛だから、乘降の客と言つても日に二十人が關の山、それも大抵は近村の百姓や小商人許りなのだが、今日は姉妹の姿が人の目を牽いて、夏草の香に埋もれた驛内も常になく艶めいてゐる。

小川家といへば、郡でも相應な資産家として、また、當主の信之が郡會議員になつてゐる所から、主なる有志家の一人として名が通つてゐる。總領の信吾は、今年大學の英文科を三年に進んだ。何と思つてか知らぬが、この暑中休暇を東京で暮すと言つて來たのを、故家では、村で唯一人の大學生なる吾子の夏毎の歸省を、何よりの誇見で樂みにもしてゐる、世間不知の母が躍起になつて、自分の病氣や靜子の縁談を理由に、手酷く反對した。それで信吾は、格別の用があつたでもなかつたが、案外温しく歸ることになつたのだ。

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