北条 民雄
青年
第一章
朝のうちに神戸港を出帆した汽船浪花丸がひどくたどたどしい足どりで四国のこの小さな港町に着いたのは、もうその日の夕暮であつた。まだ船がかなりの沖合に動いてゐる時分から、ばたばたと慌しげに洗顔に出かけたり、狭い三等船室でよろけながら身仕度を始めたりしてゐた客たちは、もうわれ先にとひしめきながら甲板に押し寄せて行くのだつた。十一月の上旬で、空はどんより曇つて、なんとなく降り出して来さうな気配が感ぜられ、海はその空を映して、青黒い無気味な色に波立つてゐた。
「なんやら降りさうだんな。」
「ほんまに、雲行きが悪うおますわ。」