ドストエフスキー フィヨードル・ミハイロヴィチ
百姓マレイ
そのとき、わたしは、まだやっと九つでした……いやそれよりも、わたしが二十九の年のことから話を始めたほうがいいかもしれません。
それは、キリスト復活祭の二日めのことです。もう陽気も暖かで、空はまっさおに晴れわたり、太陽は高いところから、ぽかぽかと暖かな光りをきらめかせていましたが、わたしの心は、まっ暗でした。わたしは牢屋のうらをぶらぶら歩きながら、がっしりした監獄の杭を一本一本かんじょうしながらながめていました。この杭をかぞえるのは、まえからわたしのくせでしたが、そのときは、どうもあまり気がすすみませんでした。監獄の中でも、復活祭はきょうでもう二日めで、お祭りのおかげで、囚人たちは、まい日させられるしごとにも出て行かず、朝からお酒を飲んでよっぱらったり、あっちこっちのすみでは、ひっきりなしに、言いあいやけんかが始まっていたのです。なんだか、があがあいやな歌をわめきたてたり、こっそり寝床の板の下にかくしてカルタをしたり、何かとんでもないらんぼうなことをして、なかまの囚人たちにふくろだたきのめにあわされ、あげくのはて、すっかりまいってしまい、頭からすっぽり毛皮のきものをかぶせられたまんま、板の寝床にのびている囚人がもう二三人もいるのです。こんなことが、このお祭りの二日のあいだに、わたしをすっかりまいらせてしまったのです。いったいわたしは、まえから、人がよっぱらって大さわぎをするたびに、いつもいやでいやでたまらなかったのですが、牢屋の中では、なおさらやりきれないのでした。お祭りだというので、いつものように役人は牢屋の中を見まわりにもこないし、部屋の検査もされず、酒を持ちこむのも、おおめ