北原 白秋
神童の死
去年の秋、小田原の近在に意外の大惨虐が行はれた。恐らく、この吾が人生に於ける悲劇中の悲劇であらう。而かも私は、未だ曾てかゝる神聖無垢な殺人犯を見た事が無い。清純にして無邪、真実にして玲瓏の極、のみならず、単純無比にして深刻無比。而かもまた無心無我の極にあつて、既に恐るべき悪魔的天才の萌芽を示した雋鋭錐の如き近代の神経と感覚。驚くべきこの犯罪はただ手もなくやつつけられた。このすばらしい犯人こそ当年五歳の男の児に外ならなかつた。
この犯罪は更に他に戦慄すべきそれ以上の犯罪を生むだ。そればかりではない、更にまた血みどろの自殺者を二人まで出して了つた。一家族の全滅である。
それがまた、ほんの突嗟――永くて五分か十分――の出来事であつた。
而かも相互の愛情には些の不純も無かつた。相愛してゐた。誰一人憎むべき人間は見当らなかつた。