織田 作之助

雪の夜

大晦日に雪が降った。朝から降り出して、大阪から船の著く頃にはしとしと牡丹雪だった。夜になってもやまなかった。

毎年多くて二度、それも寒にはいってから降るのが普通なのだ。いったいが温い土地である。こんなことは珍しいと、温泉宿の女中は客に語った。往来のはげしい流川通でさえ一寸も積りました。大晦日にこれでは露天の商人がかわいそうだと、女中は赤い手をこすった。入湯客はいずれも温泉場の正月をすごしに来て良い身分である。せめて降りやんでくれたらと、客を湯殿に案内したついでに帳場の窓から流川通を覗いてみて、若い女中は来年の暦を買いそこねてしまった。

毎年大晦日の晩、給金をもらってから運勢づきの暦を買いに出る。が、今夜は例年の暦屋も出ていない。雪は重く、降りやまなかった。窓を閉めて、おお、寒む。なんとなく諦めた顔になった。注連繩屋も蜜柑屋も出ていなかった。似顔絵描き、粘土彫刻屋は今夜はどうしているだろうか。

しかし、さすがに流川通である。雪の下は都会めかしたアスファルトで、その上を昼間は走る亀ノ井バスの女車掌が言うとおり「別府の道頓堀でございます」から、土産物屋、洋品屋、飲食店など殆んど軒並みに皎々と明るかった。

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