宮城 道雄
昔の盲人と外国の盲人
昔は盲人に特別の位を与えたものである。よく何市、何市とあるが、あれも市名といって、盲人の位の一つで、一番下である。しかし何といっても一番よいのは※(「てへん+僉」、第3水準1-84-94)※(「てへん+皎のつくり」、第4水準2-13-7)であって、昔は※(「てへん+僉」、第3水準1-84-94)※(「てへん+皎のつくり」、第4水準2-13-7)になるには千両の金を納めなければならなかった。その代り十万石の大名に相当する資格が与えられていた。その次は勾当で、これは※(「てへん+僉」、第3水準1-84-94)※(「てへん+皎のつくり」、第4水準2-13-7)の半分位の資格であった。
昔春先きに小大名が京都に上ると、※(「てへん+僉」、第3水準1-84-94)※(「てへん+皎のつくり」、第4水準2-13-7)の性の悪いのが、丁度蜘蛛が網を張って虫のひっかかるのを待っているように、 伏見街道に※(「てへん+僉」、第3水準1-84-94)※(「てへん+皎のつくり」、第4水準2-13-7)の幕を張り廻らしておく。すると小大名はそこを通る時に、駕籠から降りなければならないので、家来が殿様の行列より先きに来て、何々がここを通るから、お駕籠のままで通らして戴きたいといって、金一封を持って頼みに行く。
平生は大して懐工合がいいわけではないが、春先きになると、大勢の人を雇ってそんな悪戯をしていたものだそうであった。
江戸あたりでは、※(「てへん+僉」、第3水準1-84-94)※(「てへん+皎のつくり」、第4水準2-13-7)は金貸のようなことをしていたそうである。それは盲人保護の意味で、※(「てへん