平山 千代子
転校
誰にとつてもいやなのは転校である。
私は二年になる時に仙台から東京へ、東京で小学校を卒業して、女子大の附属へ入り、その年の九月に名古屋へ、翌年の九月に又、女子大へと、四度、いやな思ひをした。中でも最もいやな思ひ出を残したのが、女学校に這入つてからの二つ、名古屋へと、東京へとである。小学校のときの転校は、それ程、苦痛を感じないうちに、すぐ馴れてしまふが、女学校へ這入つてのちの転校はずい分つらかつた。東京から名古屋への時は殊に、折角、勉強してやつと這入り、やうやく学校にも、お友達にもなれ始めたばかりの時だつたから、とても/\いやだつた。
最初から私は反対で、「一人だけでも、おばあ様のところに残る」と頑張つてきかなかつたのだが、九月も間際になつて、どうしても転校しなければならなくなつてしまつた。
「長年の宿望だつた女子大、やつと三月しかたゝないのに、むざ/″\名古屋の学校なんかへ……」私は泣き泣き転校準備の勉強をやつた。