折口 信夫

新しい国語教育の方角

一

私くらゐの若い身で、こんな事を申すのは、大層口はゞつたい様で、気恥しくもなるのですが、記者の方の設問が、私の考へ癖に這入つて来ましたので、遠慮ないところを申しあげます。

私などがまづ、今の世間では、一番正当に国学者の伝統を承けた若者と言はゞ言へる人間なのでせう。私の教室でする講義ぶりや表出などを反省して見ましても、亡くなられた恩師三矢重松先生の俤が、あり/\自分の内に生きてゐるのに驚かれます。其に、私の最若い時分の頭を支配せられた先生は、敷田年治翁の子飼ひのお弟子だつた亀島三千丸と言ふ方でした。

私どもと同時代の若い文学者の方々と比べて、心の上にある自由が失はれてゐることは、私自身にもわかります。其と共に、ある誇りを感じてゐる点も、理会の進んだ国語教育者諸君に、認容して頂ける事と存じます。幸に私は、大阪の場末に育ちました。書物の廉い時世に、わりに窮迫せない中学時代を過しました。帝国文庫などは、かうした少年の古典欲――とでも申しませうか――には恰好のものでした。柔弱な私には、「太平記」や「盛衰記」などよりも、近松物、種彦物などが親しまれました。一方「少国民」「少年世界」に飽いても、四角ばつた「少年文集」や「中学世界」などを毛嫌ひした私は、兄や父のとつて居た「文庫」、「太陽」などの盗み読みを楽しみました。

青空文庫の作品カード