牧野 富太郎

寒桜の話

カンザクラというサクラの一種があって、学名をプルーヌス・カンザクラ(prunus Kanzakura, Makino)と称する。落葉喬木で多くの枝を分かち、繁く葉をつける。高さはおよそ一丈半くらいにも成長し、幹はおよそ一尺余にも達する。

このカンザクラは、ふつうのサクラよりはずっと早く開花する。寒いときに早くも花が咲くというので、寒桜の名がある。彼岸ザクラに先だち、すなわち二月には花がさくので、ふつうのサクラの先駆けをする。しかし東京では寒気のためにその花弁が往々傷められがちであるが、駿州辺のような暖地ではまことにみごとに開花する。

東京ではかの荒川堤に二、三本あって、よく花が咲きおったが、私ももはや久しく同堤へ行かないから、今日果してそれがどうなっているか分からない。それはかなり大きな樹であったため、たぶん今日でもなお存しているであろう。しかし同堤の桜樹のようにだいぶ弱っていはせぬかと想像する。

東京上野公園内、東京帝室博物館の正門を入ったすぐ正面より少し右の地点にカンザクラの老樹一本があって、毎年花が咲くとよくその写真が新聞紙上に出て、上野公園のヒガンザクラが咲いたとその名を間違えて書いてあった。

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