国枝 史郎

名古屋の小酒井不木氏

故小酒井不木氏は名古屋市に於ける寵児であった。あらゆる会合へ引っ張り出され、さまざまの講演会へ引っ張り出され、驚くばかりに多方面の人に、訪問をされ、氏に於いてもいろいろの人を訪ねた。新愛知新聞社や名古屋新聞社や、名古屋毎日新聞社などでは、氏を殆ど引っ張り凧にした。かと思うと氏は素人の芝居などの、舞台監督をやられたり、キャフェーへ出かけて談笑したり、諸方面の歓迎会や送別会などへ、常に出席をして倦まなかった。東京その他の方面から、名古屋市へ来た文人や俳優や、学者や雑誌編集者などは、一度は大概氏の家を訪うた。そうして一度訪うた者は、その後必ず訪問した。

わけても此処数年間は、出歩き詰めであったようであり、来訪者に忙殺されたようであった。驚く可きことはタクシの運転手などが、氏の家を大概知っていて、私などが市中でタクシを漫然と拾って、氏の町名番地を云うと「ああ不木先生のお邸ですな」と、運転手の方で云う程であった。多くの人がタクシに乗って、氏を訪ねる証拠といえよう。

「あなたの所はヤスナヤ・ポリヤナですな」

と、私は冗談に云った程であった。

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