国枝 史郎

二つの作品

小酒井さんの「肉腫」という作(新青年掲載)依然として結構な作品です。探偵小説的加工の無いのが、一つの特色を為して居ります。如何にも有りそうな事件と云うより有った事件を有りのままに纏めた――こう云い度いような作品です。医師その人に成心が無く、威嚇的で無かったということも、この作品を快くしました。一種微妙な人間性を、直截簡潔の筆で描き、醒気を紙面へ漲らせたのは、小酒井さんとしては常套手段、それでいて矢張り結構であります。ただ末段に至りまして、手術をされた人間が、肉腫への憎悪に夢中になり、自分の腕の切られたのも忘れ、その腕を出せというあたり――この作中での正念場――そこが余りに略筆され、些か明瞭を欠きましたが、併し是は私の頭がひどく其時疲れていたので意味が取れなかったのかもしれません。で「?」この印を記して置きます。

羽志主水さんの「監獄部屋」(新青年掲載)は、村島帰之さんの喜びそうな作、そうして私にも有難い作です。だが二つばかり気になることは「贋勅使」という此言葉と「高間の初蔵」という言葉です。事件の眼目は贋勅使にあります。だから此場合此言葉は、使わない方が可いようです。いずれ荒っぽい土木工場などへ、贋勅使となって入り込むような人間、肩書があるに相違ありません。だから努めて此場合、肩書を出さない方が可いようです。これ等の言葉があった為め、鳥渡作の味が古態を帯びました。何んでも無いようなことではあるが、何んでもないことではありませんね。こういう点に留意するのが、文章道のカナメです。……などと如何にも此私が、文章道の苦労人らしく、こんな注意をするというものは、それこそ場違いかもしれませ

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