上村 松園
軽女
数多い忠臣義士物語の中に出てくる女性のうちで、お軽ほど美しい哀れな運命をになった女性は他にないであろう。
お軽は二階でのべ鏡という、――通り言葉に想像される軽女には、わたくしは親しみは持てないが、(京都二条寺町附近)の二文字屋次郎左衛門の娘として深窓にそだち、淑やかな立居の中に京娘のゆかしさを匂わせている、あのお軽には、わたくしは限りない好ましさを感じるのである。
山科に隠栖し、花鳥風月をともにして、吉良方の見張りの眼を紛らわしていた大石内蔵助は、しかし、それだけでは、まだまだ吉良方の警戒をゆるめさせることの出来ないのを悟って、元禄十五年の春ころから、酒に親しみ出し、祇園に遊んで放縦の日々を送るようになり、果ては最愛の、貞淑のほまれ高い内室までも離別して、豊岡の石束家へ返してしまった。
その後の遊興三昧のさまは目にあまるものがあった。同志の人々でさえ、内蔵助の真意を解しかねて呆れはて、