上村 松園

画室談義

いつだったか、ある東京の婦人雑誌の記者が数人見えて、私のいろいろな生活を写真に撮られたり記事にして行かれたことがあった。

その折り、私の画室の内部も写真に撮りたいということを言われて非常に困りました。何分私の画室というのは、私以外誰ひとりとして、たとえ家族の者や孫たちでもみだりに出入りさせぬことになっている、まあ私個人の専有の仕事部屋であり、私にとってはかけ換えのない神聖な道場とも考えている処でありますからその理由を述べてお断わりしたのですが、再三たっての頼みに敗かされて内部を見せて写真も撮らせましたが、大へん困却した感じを強くしたことは今でも忘れません。

それからもいろいろな処から、あるものは研究心から、あるものは単なる好奇心、興味心から同じような頼みを持ってこられる人が時々ありましたが、出来得る限りお断わりし続けて来ました。これからもそのような依頼には応じたくないと思っている。

大正三年ごろ京都市中京区間町竹屋町上ルの私の今の住居、画室を建ててから思えばもう二十幾年、当時まだ息子の松篁は十三歳であった。

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