上村 松園

京のその頃

私は京の四条通りの、今、万養軒という洋食屋になってるところにあった家で生まれた。今でこそあの辺は京の真中になって賑やかなものだが、ようやく物心ついた頃のあの辺を思い出すと、ほとんど見当もつかない程の変りようだ。

東洞院と高倉との間、今取引所のあるところ、あすこは薩摩屋敷と言ったが、御維新の鉄砲焼の後、表通りには家が建て詰っても裏手はまだその儘で、私の八つ九つ頃はあの辺は芒の生えた原ッぱだった。

万養軒の筋向うあたり、今八方堂という骨董屋さんのある家に、小町紅という紅屋さんがあった。今でも小町紅は残ってるが、その頃の小町紅は盛んなものだった。

その頃の紅は茶碗の内側に刷いて売ったもので、町の娘さん達はてんでに茶碗を持って刷いて貰いに行った。その紅を刷いてくれる人が、いつも美しい女の人だった。

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