上村 松園
健康と仕事
昨年の五月のこと所用のため上京して私は帝国ホテルにしばらく滞在した。上京する日まで私は不眠不休で仕事に没頭していたので、ホテルに落着いてからでも絵のことが頭の中に残っていて、自分では気づかなかったが、その時はかなりの疲労を来たしていたらしいのであった。らしい……と他人の体みたいに言うほど、元来私は自分のからだについては無関心で今まで来たのである。病気を病気と思わざれば即ち病気にあらず……とでも言いますか、とにかく私は仕事のためには病気にかまってはいられなかったのである。病気のお相手をするにはあまりに忙しすぎたのであった。
そのような訳で自分の体でありながら極度の疲労を来たしている自分の体を劬ってやる暇もなく私は上京するとホテルに一夜をあかした。
朝、眠りから醒めて床を出て洗面器のねじを開こうとしたがその日はどういう加減かねじがひどく硬かった。
はてすこし硬いなと思いながら手先に力をいれてそれをひねろうとした拍子に、頭の中をつめたい風がすう……と吹きすぎた。はっと思った瞬間に背中の筋がギクッと鳴った。