伊藤 野枝

火つけ彦七

一

今から廿年ばかり前に、北九州の或村はづれに一人の年老つた乞食が、行き倒れてゐました。風雨に曝され垢にまみれたその皮膚は無気味な、ひからびた色をして、肉が落ちてとがり切つた骨を覆ふてゐました。砂ぼこりにまみれたその白髪の蓬々としたひたいの下の奥の方に気味の悪い眼がギヨロリと光つてゐました。

行き倒れの傍を取り巻いた子供達はその気味の悪い眼光に出遭ふと皆んな散り/\に逃げてしまひました。が、子供達が、その日暮方の暫くの明るさの中を外で遊んでゐますと、其処にさつきの乞食が、長い竹杖にすがつてよろ/\しながら歩いて来たのでした。子供等は、また気味悪さうに一と処によりそつて乞食を通しましたが、やがてそのよぼよぼした後姿を見ると、ぞろ/\後へついてゆきました。

乞食は、村にはいつて街道を少し行くと左側にある森の中にはいつてゆきました。其処は此の村の鎮守なのです。子供等は其処までついてゆきますと、木立の暗いのと乞食が再び後をふり向いた恐ろしさに、一目散に逃げてかへりました。

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