泉 鏡花
星あかり
もとより何故といふ理はないので、墓石の倒れたのを引摺寄せて、二ツばかり重ねて臺にした。
其の上に乘つて、雨戸の引合せの上の方を、ガタ/\動かして見たが、開きさうにもない。雨戸の中は、相州西鎌倉亂橋の妙長寺といふ、法華宗の寺の、本堂に隣つた八疊の、横に長い置床の附いた座敷で、向つて左手に、葛籠、革鞄などを置いた際に、山科といふ醫學生が、四六の借蚊帳を釣つて寢て居るのである。
聲を懸けて、戸を敲いて、開けておくれと言へば、何の造作はないのだけれども、止せ、と留めるのを肯かないで、墓原を夜中に徘徊するのは好心持のものだと、二ツ三ツ言爭つて出た、いまのさき、内で心張棒を構へたのは、自分を閉出したのだと思ふから、我慢にも恃むまい。……
冷い石塔に手を載せたり、濕臭い塔婆を掴んだり、花筒の腐水に星の映るのを覗いたり、漫歩をして居たが、藪が近く、蚊が酷いから、座敷の蚊帳が懷しくなつて、内へ入らうと思つたので、戸を開けようとすると閉出されたことに氣がついた。