国枝 史郎

温室の恋

一

中央線木曾福島!

ただ斯う口の中で云っただけでも私の心は踊り立つ。それほど私は其町を――見捨てられたような其町を限り無く好いているのであった。人情、風俗、山川の姿……福島の町の一切の物が私には愛らしく好ましい。

とは云え、私は、二度と再びその町を訪ねようとは思わない。何んと矛盾した考えでは無いか! 併し私が其町で親しく経験した不思議な事件の恋物語を聴かれたなら恐らく誰でもが此矛盾を認め頷かれるに違い無い。で私は是から其不思議な恋愛悲劇の大略に就いて物語りの筆を進めようと思う。

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