国枝 史郎

死の復讐

一

季節は五月。花の盛。南方露西亜のドン河の岸は波斯毛氈でも敷き詰めたように諸々の花が咲いている。ジキタリスの紫の花弁は王冠につけた星のように曠野の中で輝いているし、紅玉色をした石竹の光は恰度陸上の珊瑚のように緑草の浪に揺れながら陽に向かって微笑を投げている。

若い一人の放浪者がドン河に添うて上流の方へ疲労れた足付で歩いている。

蜜を漁る蜂の唸。藪で啼いている鶯の声。空の大海に漂いながら絶え間無くうたう雲雀の歌など、地にも天にも春を言祝ぐ喜びの声が充ち充ちているが、若い放浪者の顔付には憂鬱ばかりが巣食っている。

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