久生 十蘭

キャラコさん

一

風がまだ冷たいが、もう、すっかり春の気候で、湖水は青い空をうつして、ゆったりとくつろいでいる。

キャラコさんは、むずかしい顔をして、遊覧船の桟橋で、釣りをするのを眺めている。すこしばかり機嫌が悪いのである。

キャラコさんは、半月ほど前から、蘆の湖の近くの小さな温泉宿で、何ともつかぬとりとめのない日を送っている。本を読むか、日記をつけるか、散歩をするか、この三つのほかにすることがない。佐伯氏と話すことのほかは、なにもかもすっかり飽き飽きしてしまった。

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