長谷川 時雨

きもの

着ものをきかへようと、たたんであるのをひろげて、肩へかけながら、ふと、いつものことだが古への清少納言のいつたことを、身に感じて袖に手を通した。

それは、雨の降るそぼ寒い日に、しまつてあつた着るものを出してひつかけると、薄い汗の香が鼻をかすめると、その、あるかなきかの、自分の汗の匂ひの漂よひと、過ぎさる夏をなつかしむおもひを、わづかの筆に言ひ盡してあるのを、いみじき言ひかただと、いつでも夏の末になると思ひ出さないことはない。何か、生といふ強いものを、ほのかななかにはつきりと知り、嗅ぐのだつた。

きものにもさま/″\あるが、煎じつめれば、きものは皮膚の延長だとわたくしは思つてゐる。

裸身では居られないので、天然の美を被ふのに、その顏によく似合つた色の布を選らむのは當然なことで、すこしでも美しいのをといふ心持ちが、色彩に敏くなり、模やうや、かたちまでが種々に變化し、賣手のつくる流行に支配されると、自分の皮膚とは、似てもにつかないものをつけることになつて、化粧を濃くしてごまかし、自分の本來のものを殺してまで衣服の柄の方に顏を合せようとする不自然さになつたりする。

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