長谷川 時雨

春宵戯語

ふと、ある日、菜の花のお漬けものがございますかとAさんにお目にかかつたとき、關西の郊外の話から、お訊ねしたことがあつた。それは、ずつと前に、たしかに菜の花であらうと思ふのを食べた、その風味を忘れないでゐたからだつた。

ありますとも、しかし、あれは、はじめに出たしんを止めて、二度目に一本出た花の、頭のさきを、ちよぼつと摘んだのがよろしいと委しくをしへていただいた。わたしはくひしんぼで食道樂からばかり菜の花漬をおぼえてゐたのではないが、あると聽いてうれしかつた。

わたしは子供の好むやうな春の景色がすきで、したがつて菜の花に黄色い蝶が飛んでゐるありきたりの野面が大好き。目もはるかに、麥畑が青くつづいて、菜の花畑は黄で、そのずつとむかうに桃圃のある、うち展けた、なだらかな起伏の、平凡すぎるほどのどやかな田園風景が好きだつた。だがもう、東京附近ではさうした景色はだんだんなくなつてしまつて、麥畑や桃圃はあつても、黄色い菜の花のつづいたところなどは、げんげ草とともに、春の野面からいろどりを失つてしまつてゐる。

で、いつも菜の花を思ふと、河内の風を思ひだす。菜の花のかをりと、河内和泉の、一圓に黄色にぬりつぶした中に、青い道路のある、閑けさと、豐けさとをもつ田舍が、すぐ目にくるのだつた。そしてまたわたしは、あの菜の花の咲きつづく和泉の國、信田の森の葛の葉狐の傳説をおもひうかべないではゐない。

青空文庫の作品カード