長谷川 時雨
住居
松岡映丘畫伯の晩年の作によく見えた丘の段々畑。あの新大和繪風な色彩そつくりの山畑を遠くから見て、絣のやうなと形容したのを、笑はれたことがあるが、郊外などの、田園都市の近代風の建物の遠景などは、更紗模樣とも眺められる。
ところで、わたくしの家の好みは、どこかばかげた、間の拔けたところが、一二個所ある建てかたが好きだ。それを利用して生かす面白味が、他人の家にはない、自分のところでなければないといふ、樂しさと親しさで、愛の籠るものだと思つてゐる。
しかしこのごろの小住宅の建てかたは、ゆるみのない、きつちりした、無駄なしの間どりださうだが、さうなると、棚の釣りかたにいろ/\工合が出來て、天井と鴨居との空間に、何か試ろめさうな氣がする。
つい最近、新しく購入れた人の家を二軒見せて貰つたが、家の間どりのとりどりの面白さに大變樂しかつた。建築を見るといふことは、並の家のでも、へたな芝居などを見るよりどれだけ心を富ませるかしれない。生活をふかめると思ふのも、自分が建物といふものに趣味をもつてゐるからかもしれない。