長谷川 時雨

佃のわたし

暗の夜更にひとりかへる渡し船、殘月のあしたに渡る夏の朝、雪の日、暴風雨の日、風趣はあつてもはなしはない。平日の並のはなしのひとつふたつが、手帳のはしに殘つてゐる。

一日のはげしい勞働につかれて、機械が吐くやうな、重つくるしい煙りが、石川島の工場の烟突から立昇つてゐる。佃から出た渡船には、職工が多く乘つてゐる。築地の方から出たのには、佃島へかへる魚賣りが多い。よぼよぼしたお爺さんの蜆賣りと、十二三の腕白が隣りあつて、笊と笊をならべ、天秤棒を組あはせてゐたが、お爺さんが小僧の、不正な桝を見つけたのがはじまりで、

こんな狡いことをしてゐる、よく花客が知らずにゐるな、と言つた。

俺は山盛りに賣るからよ、爺さんはどうする、と小僧は面白さうにきいた。

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