長谷川 時雨

夏の女

一夏、そのころ在阪の秋江氏から、なるみの浴衣の江戸もよいが、上布を着た上方の女の夏姿をよりよしと思ふといふ葉書が來たことがある。ふといま、そのことを思ひだした。

上布には、くつきりした頸あし、むつちりした乳房のあたりの豐けさをおもはされる。落附いた御内室さんである。なるみの浴衣は洗ひがみの、脊のすらりとした、といつて、お尻に女らしい艶やかさをうしなはない、なで肩を思はせる。前の女は、すこしばかり耳が肉ついてゐても目立たないが、後のは、あんまり大きかつたり、平べつたかつたり、ひつついた貧弱なのだつたりしては困る。花片の散りたてのやうな清新さが耳になくてはならない。鼻には神經が見える女でも、とかく耳は留守のことが多い。生きてゐない。

男の耳はかくされる事がなくて續いて來たせゐか生々としてゐる。それが、どんな老爺さんでも、大きすぎても、厚つべつたくても、顏とおなじ調子に呼吸をしてゐる。まして若い男のは生々と動き働きかける。

耳が動くといふと猫のやうだと、若い少女は笑つてしまふかもしれなが[#「しれなが」はママ]、鬢でかくして來たくせがついて、とかく女の耳は愚圖つたらしい。大切なところであつて、その耳朶は美容にも關係するのに、晩には卷いて寢るリボン一本よりもおろそかにされはしないだらうか。

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