折口 信夫

薪能と呪師走の翁

久しく絶えてゐた薪能が復活して、こゝに再、恒例の行事となつたのは、近年のことである。志深い大和侍の児孫と称する人があつて、南都の神事芸能を興すことを以て、偏に祖先にこたへる道と信じ、世の思議を越える奇特を行つたことによるのである。

旧日本の民俗には、年の初め一月望日に御薪を積んで、平常仕へる所に勤労の誠を示す風、既に飛鳥の宮廷記録があり、現に「小正月」の習俗として残存する地方も多い。

薪能の語原に就いて、近年傾聴すべき新説のあることも知つてゐる。が、姑らく先輩の説に卑見をもまじへて、啓蒙の文を綴る。

興福寺東西金堂の鎮守河上・氷室両社の神が、右二堂の仏の為の御薪を積む儀が、二月初めの修二会に併せ行はれた昔から、時を経ていつか西金堂ばかりに執り行ふことになり、更におなじ寺の南大門の芝に、処を定めるに到つたのである。

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