甲賀 三郎

罠に掛った人

一

もう十時は疾くに過ぎたのに、妻の伸子は未だ帰って来なかった。

友木はいらいらして立上った。彼の痩こけて骨張った顔は変に歪んで、苦痛の表情がアリアリと浮んでいた。

どこをどう歩いたって、この年の暮に迫って、不義理の限りをしている彼に、一銭の金だって貸して呉れる者があろう筈はないのだ。それを知らない彼ではなかった。だから、伸子が袷一枚の寒さに顫えながら、金策に出かけると云った時に、彼はその無駄な事を説いて、彼女を留めた。然し、伸子にして見ると、このどうにもならない窮境を、どうにかして切抜けたいと、そこに一縷の望みを抱くのにも無理はなかった。で、結局友木は無益な骨折と知りながら、妻を出してやる他はなかった。そうして、結果は彼の予期した通り、妻はいつまで経っても帰って来ないのだった。彼女は餓と寒さに抵抗しながら、疲れた足で絶望的な努力を続けているに違いないのだ。

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