正岡 容

寄席行灯

秋色寄席懐古

秋になると、あたしの思い出に、旧東京の寄席風景のいくつかが、きっと、儚い幻灯の玻瑠絵ほどに滲み出す。

京橋の金沢――あすこは、新秋九月の宵がよかった。まだ、暮れきって間もない高座が、哀しいくらい明るくって、二階ばかりの寄席(旧東京の、ことに、寄席にはこういう建築が多かった。神田の白梅、浅草の並木、みんなそうだった。明治の草双紙の、ざんぎり何とかというような毒婦ものでもひもといたらきっとこういう寄席のしじまは挿絵に見られる)から、それこそ錦絵そっくりの土蔵壁が、仄かにくっきりとうかがわれた。

三十間堀あたりの町娘や、金春芸者のひと群が、きっと、なまめかしく桟敷にいて、よけい、「東京」らしい華やかさに濡れそぼけていた。若い女たちが嬉々と笑いさざめく時、高座では青い狐の憑いたような万橘がきっと、あの甲高い、はち切れたあけびの実みたいな声をあげて、

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