正岡 容

寄席風流

寄席の庭

町中や庭持つ寄席の畳替龍雨

 かうしたいまは絶えて見られなくなつてしまつた寄席の庭のおもかげ。いしくもそれをつたへてゐる尊い文献の一つに漱石が「硝子戸の中」の日本橋伊勢本を叙するの章りがある。全体「硝子戸の中」には講釈に関する随筆が少からず、のん/\南龍や琴凌をなのつてゐた時代の先代馬琴の読み口や、作者の生家たる牛込馬場下界隈の、年中廿人位のお客を相手に南麟と云ふ講釈師許りがかゝつてゐたさうな世にも佗びしい釈場の光景や、同じく馬場下のやつちや場の娘が貞水(恐らく先々代早川貞水だらう)と「死ぬの生きるのと」云つたと云ふ話や、随分いろいろと誌されてゐるのではあるが。

さてその伊勢本の庭については、

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