折口 信夫
実川延若讃
「女殺油ノ地獄」の芝居を、見て戻つた私である。一日、極度に照明を仄かにした小屋の中にゐて、目も心も、疲れきつてしまつた。思ひの外に、役者たちの努力が、何となく感謝してもよい心持ちを、持たしてくれたけれども、何分にも、先入主となつたものが、度を超えて優秀な技芸であつた為、以前見たその美しい幻影が、今見る役者たちの技術の上に、圧しかゝるやうな気がして、見てゐてひたすら、はかなくばかり見えてならなかつたのである。
明治大正の若い時代は、貴かつた。その劇も、音楽も、浄い夢のやうに虚空に消えて行つた。はじめて、この河内屋与兵衛を見たのは、今の実川延若の延二郎と言つた頃である。さるにても、この若い油売りの手にかゝるお吉のいとほしさ。中村成太郎――後魁車の、姿なら技術なら、今も冴えざえと目に残つて居る。二度目に見た時は、中村福之助がお吉を勤めてゐたが、此時既に、先の印象が、その後のお吉の感興を淡くしたことであつた。其ほど、魁車のお吉は優れてゐた。与兵衛の両親、同業油屋の徳兵衛・おさはに扮したのが、尾上卯三郎・嵐璃※(「王+玉」、第3水準1-87-90)であつた。この三人の深い憂ひに閉され、互に何人かに謝罪するやうに、額をあつめた謙虚な姿、まことに、こんなに人を寂しく清くする芝居もあるものか、としみ/″\感に堪へたことであつた。
もう此以上の感激はあるまい、とその時も思うた。其は今も印象してゐる。而もそれに続く――向ひ家の老夫婦を送り出した心の、しみ/″\清らかな油屋の女房へ、恐怖のおとづれびとが来るのであつた。好意を持つもの同士の間に、其でもくり返さねばならぬ疑ひ、拗けごと。さうしてやがて、