堀 辰雄
顔
路易はすぐ顏をぱあつと赤くした。
自分でもいやな癖だと思つてゐたけれど、どうしやうもないのであつた。何でもないのに「そら、また……」といふ氣がひよいとする。が、その時はもう遲い。見る見るうちに彼の頬は薔薇色になつてしまふ。同級生たちには「吸取紙」といふ綽名までつけられる。どうしてこんなんだらう。いやだなあと彼は悲しんでゐる。その癖、路易の毛髮と言つたら! それは硬くて硬くて、ほとんど梳づれないほどであつた。だから彼はいつもそれをもじやもじやにさせて置いた。それは灌木林のやうに茂つてゐた。
理髮店の思ひ出。アイロンの光澤のある、眞つ白な布に彼はすつかり包まれる。するとその中が窮屈で窮屈で、自分の手の置場所がないやうに感ぜられる。そのうち血が顏へさあつと昇つてくる。「そら、また……」さう氣のつくときは、もう彼の顏は一枚の吸取紙のやうになつてゐる。蒸しタオルがやつとそれを隱してくれる。石鹸の泡のひいやりとするのがほんとに氣持いい。顏を剃つたあと、最後の蒸しタオルがのけられる。そそつかしい理髮師はいつの間にか彼に彼のでないやうなよそよそしい顏をくつつけてしまつてゐる。彼はちよつと戸まどひしながら、理髮店を出る。
路易には、その頃の寄宿舍の思ひ出は、寢室のいやなにほひや、結核患者の弱々しい咳や、毛のついた石鹸の氣味惡さで一ぱいだつた。