堀 辰雄

生者と死者

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閑古鳥

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或る夏、一つのさるすべりの木が私を魅してゐた。ホテルの二階の窓から、私は最初その木を認めた。其處からは、丁度物置かなんぞらしい板屋根ごしにその梢だけが少し見えてゐたので、私はそれをホテルの木だとばかり思つて、ときどき何といふこともなしにそれへ空虚な目をやつてゐただけだつた。……或る日、ホテルの裏の水車の道の方へ散歩に行つて歸つてきた私はいつものやうに裏木戸から這入らうとすると、その日はどうしてだかそれが閉つてゐたので、仕方なく、いつもあまり通つたことのない、ホテルの横の、ギヤレエヂや運送店などのある、狹い横町を拔けて行かうとした時、私はふと道ばたに置かれてある一臺の空の荷馬車の傍らに、一本の美しい樹木の立つてゐるのに氣がついた。はじめにその根かたにいくつとなく眞つ白な花が散らばつてゐて、それが何とも云へぬ好い匂を漂はせてゐるのに氣がついて、それから漸つと注意深く見上げてみると、その青い葉ばかりに見えてゐた樹木は點々とその眞つ白な花を咲かせてゐた。それはこんな山間の村には珍らしい種類のさるすべりだつた。その上、その葉の茂みを透かしながら、籬の向うのホテルの物置小屋ごしに、私の部屋の窓が見えてゐた。私はこんなところにあらうとは思はなかつたこの美しいさるすべりの木を、それまで物置の隅に立つてゐる何の變つたところもない木だとばかり思つてゐたのだつた。……私はさるすべりの木がホテルのものとも、前の運送店のものとも、又その筋向うの煙草屋のものともつかず、三方でそれを自分のところのものだと主張してゐる擧句の果、いまだにそんなところに打ち棄てられ

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