堀 辰雄
X氏の手帳
或る夜、或る酒場から一人の青年がふらふらしながら出て來た。彼は非常に泥醉してゐるやうに見えた。タクシイ! と彼は聲高に叫んだ。
一臺の汚らしいタクシイが止つた。彼はふらふらしながらそれへ乘つた。車はがたがた走り出した。それをちやうど巡※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)中の巡査がやや離れた所から見てゐたのであつた。車が走り去つてしまふと、その跡に手帳のやうなものが落ちてゐるのを巡査は認めた。青年が落して行つたものらしかつた。そこまで歩いて行つて見ると、それはやはり黒皮の手帳だつた。巡査はそれを取り上げて、街燈の光りで、ところどころ讀んで行つた。
午前九時に
僕は眼をさますのだ