堀 辰雄
「青猫」について
私は萩原朔太郎さんのことを考へると、いつも何處かの町角の、午後の、まだぱあつと日のあたつてゐる、閑靜なビヤホオルかなんぞで二人きりで話し合つてゐるやうな記憶が一番はつきりと浮んでくる。それだのに、萩原さんのほうでは、私のことを思ふときは、いつも山間のホテルの露臺のやうなところで二人で話し合つてゐる姿がうかぶといはれてゐた。……
いまも、詩集「青猫」のことなど書いてみたいと思つてゐると、まづ、こんな或日の出會がよみ返つてくる。それは一九三五年の春さきだつた。私は或竝木のある裏通りで萩原さんにばつたり出會つた。その冬のをはり頃、私は山のサナトリウムから出てきたばかりだつた。
「ちやうど好かつた。君はまだ山のはうかとおもつてゐたんだがね……」
さう云はれながら、萩原さんは、その裏通りに面して飾り窓に版畫などを竝らべた小さな店のなかへ私を連れてはひられた。その店はこのごろ詩集の出版などもやり、ちやうど萩原さんの「青猫」の ※(アキュートアクセント付きE小文字)dition d※(アキュートアクセント付きE小文字)finitive が出來たところで、それへ署名をしに來られたのだつた。