堀 辰雄
緑葉歎
青葉頃になると、どうも僕の身體の具合が惡くなるのです。それにやられまいと思つて、隨分用心してゐるのですが、いつのまにかやられてゐます。こんどなども、ちよつと氣分が惡かつたので、二三日安靜にしてゐたら、それからずつと微熱が續いて、もう半月ばかりになるのに、いまだに寢込んでゐる始末です。それにどうしたのか、足がなやんでなりません。あの足首の、丁度靴下が一番先に穴のあいてしまふところですが、あそこのところがへんに痛い。もうせん、靴下をはいたら大きな穴があいてゐたが、穿きかへるのが面倒くさかつたので、そのまま出かけたところ、途中でそこが痛くなつてきて弱つたことがありましたが、そのときのことを、いまだにそいつが根にもつてゐるんぢやないか、といふ氣さへしてゐます。もつともそのときは片つぽだけでしたが、いまは兩足が痛い。起居にも不自由を感じてゐる位です。
こんなときには誰か友人でも來てくれるといいなと思ひますが、さうなると意地の惡いものでなかなか來ない。やつと今日、立原道造君が來てくれました。何か手に大きな紙をまいてもつてゐる。何だと思つたら、それは僕がこの間冗談半分に頼んでおいた僕の輕井澤の別莊の設計圖なのです(道造君は建築科の學生です)。實は僕の方ではもう忘れかけてゐたのだけれど、この間、南輕井澤の方に土地をもつてゐる友人が、こんど自分のところでもそこに別莊を建てるんだが、よかつたら君もその側に、小さな小屋を建てないかと勸めてくれた。食事一切はその友人の家で面倒を見て貰ふことにすれば、ただ仕事と睡眠だけのための場所、つまり、木のベッド一つと、木のテエブル一つとを入れるだけのコッテエヂ、―