リルケ ライネル・マリア

トレドの風景

一九一二年秋、リルケは一人飄然と西班牙に旅した。この西班牙への旅--殊にトレド一帶の何か不安を帶びた風物――は、詩人にはいたく氣に入つたやうに見える。彼は其處にもつと長く滯在して當時彼の心を捉へてゐた仕事(Duineser Elegien)をしたかつたであらうが、この地方の氣候のはげしい變化のために彼の健康はすつかり害せられ、翌年三月には空しく西班牙を立ち去らなければならなかつた。しかしその地方、――殊にトレドは、ドゥイノ及びヴェニスと共に、晩年のリルケの胸奧にもつとも深く鳴りひびいた三つの大きな諧調ともなつたのである。

此のトレドがリルケの生涯にはじめて現はれたのは、おそらく一九〇八年の秋ロダンに宛てた次ぎの手紙(丁度「マルテの手記」に筆を下ろさうとしてゐた時分である)で、それもトレドの畫家エル・グレコの鬼氣を帶びた筆を通してであつた。さういふ假初の出會をも遂に空しくしなかつた點など、いかにもリルケらしいと言へるのであるまいか。

一九〇八年十月十六日、巴里ヴァレンヌ街七十七番地ロダン樣

 私は展覽會でグレコの「トレド」の前に一時間ばかり過して歸つて參りました。この風景畫は私にはますます驚歎すべきものに思はれます。私はそれを見て來たまま、あなた樣に書かなければなりませぬ。それはかう云ふものでありました。――

青空文庫の作品カード