上村 松園
思ひ出
一
まだ四条通りが、今のやうに電車が通つたり、道巾が取りひろげられなかつた頃、母と姉と私と三人で、今井八方堂と云ふ道具店の前にあたる、今の万養軒の処で葉茶屋をして居りました。
父は私の生れる前になくなつて、それ以来私は男のやうな気性の母親の手ひとつで育てられました。さう云ふ私には父親の愛と云ふものを知らない、母親がつまり、女らしくあるよりも、父親の役をして女らしくあるべき、母親の役と兼ね備へて私を育ててくれたのでした。
私が絵を習ひ始めたのは、さうです、丁度十三の歳でした、非常に絵がすきだつたものですから。