田中 貢太郎

海異志

一

源吉は薄青い月の光を沿びて砂利の交つた砂路を歩いてゐた。左側は穂の出揃うた麦畑になつて右側は別荘の土手になつてゐた。土手には芝草が生えてその上に植ゑた薔薇の花が月の光にほの白く見えてゐた。源吉は人の足音がするのではないかと思つて又歩くことをやめて耳を澄ました。そして海岸の方へと低まつてゐる路の上を透かすやうにした。微な風波の音が南風気のある生温かい空気の中に滲んで聞えるばかりで他に何の物音もしなかつた。

源吉は又歩き出した。もうかなり更けてゐるので海岸へ出てゐる人はないと思つてゐるが、それでゐて村の人が来はしまいかと云ふ怖れが、彼をして何時までも耳を澄まさせてゐた。籠に入れられた小鳥のやうな境遇にゐる彼の女の住んでゐる別荘の傍を、夜遅く盗人かなんぞのやうに通るところを、村の人に見せることはこの上もない疚しいことであつた。

源吉はやゝ安心したので歩きながら延びあがるやうにして、土手越しに別荘の内を覗き込むやうにした。其処には黒い庭木の影があつてその先に霜の置いたやうに見える屋根瓦があつた。彼の足は自然と止まつた。そしてうつとりとして立つてゐたが、……この夜更けにとても庭に出てゐさうなことがないと思ひ出した彼はまた歩き出した。

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