田中 貢太郎

雑木林の中

明治十七八年頃のことであつた。改進党の壮士藤原登は、芝の愛宕下の下宿から早稲田の奥に住んでゐる党の領袖の所へ金の無心に行つてゐた。まだその頃の早稲田は、雑木林があり、草原があり、竹藪があり、水田があり、畑地があつて、人煙の蕭条とした郊外であつた。

それは夏の午後のことで、その日は南風気の風の無い日であつた。白く燃える陽の下に、草の葉も稲の葉も茗荷の葉も皆葉先を捲いて、みやうに四辺がしんとなつて見える中で、きりぎりすのみが生のある者のやうに彼方此方で鳴いてゐた。登は稲田と雑木林との間にある小さな路を歩いてゐたが、ところどころ路が濡れてゐて、ちびた駒下駄に泥があがつて歩けないので、林の中に歩く所はないかと思つて眼をやつた。其所には雑草に交つて野茨の花が白く咲いてゐたが、その雑草の中に斜に左の方へと行つてゐる小さな草路があつた。登はその草路の方へと歩いて行つた。

鍔の広い麦藁帽は、雑木の葉先に当つて落ちさうになる所があつた。登はそれを落さないやうにと帽子の縁に右の手をかけてゐた。彼はその時先輩に対して金の無心を云ひだす機会を考へてゐた。彼は何人か二三人来客があつてゐてくれるなら好いがと思つた。それはもう途中で二度も三度も考へたことであつた。

……(今日は何しに来たんだ)

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