林 不忘
釘抜藤吉捕物覚書
一
土蔵破りで江戸中を騒がし長い草鞋を穿いていた卍の富五郎という荒事の稼人、相州鎌倉は扇が谷在の刀鍛冶不動坊祐貞方へ押し入って召捕られ、伝馬町へ差立てということになったのが、それが鶴見の夜泊りで獄口を蹴って軍鶏籠抜けという早業を見せ、宿役人の三人も殺めた後、どうやらまたぞろお膝下へ舞い戻ったらしいとの噂とりどり。
その風評がいよいよ事実となって現れ、八百八町に散らばる御用の者が縁に潜り屋根を剥がさんばかりの探索を始めてからまる一月、天を翔けるか地に這うか、たしかに江戸の水を使っているとの目安以外、富五郎の所在はそれこそ天狗の巣のように皆目当が立たなかった。
人心噪然としてたださえ物議の多い世の様、あらぬ流言蜚語を逞うする者の尾に随いて脅迫押込家尻切が市井を横行する今日このごろ、卍の富五郎の突留めにはいっそうの力を致すようにと、八丁堀合点長屋へも吟味与力後藤達馬から特に差状が廻っていた、それかあらぬか、ここしばらくは、釘抜藤吉も角の海老床の足すら抜いて、勘次彦兵衛の二人を放ち刻々拾ってくるその聞込みを台に一つの推量をつけようと、例になく焦る日が続いていたが――。